《王充思想の諸相》是汲古書院出版的圖書,作者是大久保 隆郎
基本介紹
- 書名:王充思想の諸相
- 作者:大久保 隆郎
- 出版社:汲古書院
- 出版時間:2010年1月29日
- 頁數:792 頁
- 定價:12000 日元
- ISBN:9784762928734
內容簡介
【はしがき】より 王充『論衡』研究の論文・著書はかなりの數がある。本書、文獻目録はその一端である。わが國では佐藤匡玄著「『論衡』の研究」(創文社東洋學叢書、一九八一年)がある。後、三十年、漸くにして本書の上梓となった。舊稿の整理をしながら不備を補い、誤りを訂正するにかなりの時を必要とした。 本書の構成に欠くものは、一世紀に生きた王充の人となり、その生涯、周辺の人々やその時代についての記述、中國の研究所にいう「生平」である。私の王充研究は王充の思想研究と王充とその周辺の人々との絡み合い―評伝の試み―にあった。二部構成を企図したのである。両者は錯綜しあう事柄も多く、諸般の事情から思想の分野を「王充思想の諸相」として先に世に問うことにした。王充とその時代、評伝の試みは、後日に期することとした。本書は主として『論衡』本文の精査、解読を旨としている。解読考察の...(展開全部) 【はしがき】より 王充『論衡』研究の論文・著書はかなりの數がある。本書、文獻目録はその一端である。わが國では佐藤匡玄著「『論衡』の研究」(創文社東洋學叢書、一九八一年)がある。後、三十年、漸くにして本書の上梓となった。舊稿の整理をしながら不備を補い、誤りを訂正するにかなりの時を必要とした。 本書の構成に欠くものは、一世紀に生きた王充の人となり、その生涯、周辺の人々やその時代についての記述、中國の研究所にいう「生平」である。私の王充研究は王充の思想研究と王充とその周辺の人々との絡み合い―評伝の試み―にあった。二部構成を企図したのである。両者は錯綜しあう事柄も多く、諸般の事情から思想の分野を「王充思想の諸相」として先に世に問うことにした。王充とその時代、評伝の試みは、後日に期することとした。本書は主として『論衡』本文の精査、解読を旨としている。解読考察の限界もあり、ただ紙面を費やした憾み、なきにしもあらずである。王充論衡には殘された問題も多い。後の君子がこれを解き明かしてくれることを期待したい。 都、洛陽を遠く離れた會稽、上虞の地で王充は百篇を越える文章を書き殘した。このエネルギーは何だったのか。著作の一つである『論衡』三十巻八十五篇(內一欠)は冒頭から遇不遇、人との出會いと運命の問題が問われている。貴賤・強弱・壽夭等々は夫婦の氣合の際、已に決定されていると説き、能力や操行の善し悪しとは無関係に初稟にすでに決していると説く。この定命論は多面的に教線をはる。 王充を著述に突き動かしたもの、それを一言でいえば「危機意識」である。國家秩序の崩壊に繋がるものとしての意識である。華文放流する浮薄な時勢から民衆を匡済し、道義的実誠の社會に帰するを求めたのである。この危機意識の対極にあったものは、夷狄異文化の伝播にあった。異文化とは「浮屠」の教えである。此岸の世界を苦海とし彼岸に涅槃を求めるブッダの教えであった。この夷狄文化に対し、王充は人々に儒教的古典文化の真実を涵養し、生活の安寧を希求したのである。そこには當然、強烈な古典的知識人としての民族意識と西域異民族への蔑視。異端視がある。ここに王充思想を読み解く鍵がある。これが王充的思想解明の筆者の視點である。本書からその一端を読み取って頂きたい。仏教の東伝については後日を期することにする。