《新編日本古典文學全集66・井原西鶴集(1)》是國小館出版的圖書,作者是井原 西鶴,暉峻康隆,東 明雅
基本介紹
- ISBN:9784096580660
- 作者:井原 西鶴、暉峻康隆、東 明雅
- 出版社:國小館
- 出版時間:1996年3月19日
- 頁數:606
- 定價:JPY 5030
- 裝幀:単行本
- 叢書:新編日本古典文學全集
內容簡介
好色一代男・好色五人女・好色一代女。初期代表作を三段組・全挿絵入で "好色"の語が災いしたか、近代小説の祖とまで內外ともに評価の高い「好色一代男」をのせた教科書にはお目にかかったことがありません。「なんだ、ポルノか」くらいの軽い印象で素通りする読者が大多數だとしたら、ゆゆしきことと言わねばなりません。 好色(色好み)こそ、民族の元気、ひいては文化を支える営みである、とは、巻頭の古典への招待で暉峻康隆先生が力説されるところですが、この際、やや疲れ気味のあなたに是非おすすめしたい提言です。 桜もちるに嘆き、月はかぎりありて入佐山…… 冒頭からいきなり好物の桜餅が出たと勘違いした女子大生がいたそうですが、中沢新一氏が"橫っとび"といわれるほど連想が自在で省略の多い獨特の文體に素手で立ち向かうのは、土台、無理。 桜もすぐ散ってしまって嘆きの種だし...(展開全部) 好色一代男・好色五人女・好色一代女。初期代表作を三段組・全挿絵入で "好色"の語が災いしたか、近代小説の祖とまで內外ともに評価の高い「好色一代男」をのせた教科書にはお目にかかったことがありません。「なんだ、ポルノか」くらいの軽い印象で素通りする読者が大多數だとしたら、ゆゆしきことと言わねばなりません。 好色(色好み)こそ、民族の元気、ひいては文化を支える営みである、とは、巻頭の古典への招待で暉峻康隆先生が力説されるところですが、この際、やや疲れ気味のあなたに是非おすすめしたい提言です。 桜もちるに嘆き、月はかぎりありて入佐山…… 冒頭からいきなり好物の桜餅が出たと勘違いした女子大生がいたそうですが、中沢新一氏が"橫っとび"といわれるほど連想が自在で省略の多い獨特の文體に素手で立ち向かうのは、土台、無理。 桜もすぐ散ってしまって嘆きの種だし、月も限りがあって山の端にはいってしまう。 下段の現代語訳へと眼を上下させるだけで、魅力溢れる歯切れのよい文體とともに確実に西鶴のメッセージはあなたに屆くわけです。本全集ならではの強味と申せましょう。 自然美よりも人間的な愛欲こそという、反中世的な人間主義宣言。 この鑑賞注によって、「好色一代男」こそ元祿ルネッサンスの高らかなファンファーレであったことがよくご理解いただけると確信します。好色五人女、好色一代女とも。