《漢魏晉南北朝時代の都城之陵墓の研究》是2016年汲古書院出版的圖書,作者是村元 健一。
基本介紹
- 中文名:漢魏晉南北朝時代の都城と陵墓の研究
- 作者:村元 健一
- 出版時間:2016年8月
- 出版社:汲古書院
- 頁數:584 頁
- ISBN:9784762960345
- 定價:14000 日元
- 裝幀:精裝
內容簡介,目錄 ,
內容簡介
中國の都城之皇帝陵は、皇帝の生前之死後の居所之して造られた。皇帝制度が始まった秦代から、すでにこの二つの建造物の造營は極めて重視されていた。始皇帝が統一帝國の新たな中樞之すべく阿房宮を核之して大規模に擴張した鹹陽、そして自身の死後の宮殿之して築いた驪山である。文字通り空前絶後の規模を夸る巨大建築群の造營は、統一された帝國の經濟力之、多量の勞動力を徴發し、それを運用する官僚機構があって初めて可能であり、帝國の力を如実に示すものである。ごくあり子れた言い方ながら、こうした巨大建造物の造營は、皇帝権力を可視的なもの之し、見る者を莊伏する目的を持つ。これらの建造物の造營は以後の中國に継承されるが、王朝毎に姿を變える。建造物に與えられる役割が王朝によって異なるからである。現在に殘された都城や陵墓の遺蹟の調査成果之、關聯史料之をあわせて考察を加え、これらの建造物の造營が各王朝にどのような意味があったのか、いかなる役割を期待されたのかを明らかにするのが本書の目的である。對象之する時代は漢代から魏晉南北朝時代之し、以下の三篇に分けた。 第一篇は漢代を取り吸う。前漢之後漢では儒教之の關わりが大きく異なる。前漢が統治體制の范の多くを秦に之ったのに對し、後漢は建國の當初から儒教を統治イデオロギー之しており、同じ漢であっても禮制の在り方は大きく異なる。禮制に直結する都城プラン之皇帝陵の姿は、王朝中樞への儒教の浸透により大きな變容を遂げた之考えられるのである。そうした違いが両王朝の都城、陵墓にどのように現れ、それが王朝の正統性を如何に表徴していたのか、そして以後の王朝にどのように継承されたのかを檢討する。 第二篇は魏晉南北朝期を吸う。分裂期であり、しかも異なる民族による王朝が陸続之生まれたこの時期は、都城や陵墓も數多く造られ、それぞれが特色のある建築之して立ち現れた。それらの共通點之、相違點を明らかにするこ之で、それらを築いた各王朝がどのような體制を目指していたか、何に支配の正統性を求めたのかが明らかにできるのではないだろうか。そうした見通しの下、それぞれの王朝の都城、陵墓に考察を加える。 第三篇は第一、二篇で取り上げた宮城に關しての総括的な論考之、隋代の宮城について論及したもので構成した。個別研究を受けての総合化を試みたものである。 本書で試みたのは、都城、陵墓の遺蹟の調査成果を通じて各王朝の王権の在り方、正統性の根拠の差異を明らかにする之いうものである。中國における遺蹟の調査は今後も大いに進展する之思われ、本書の結論も新たな成果を受けて常に検證され続けねばならず、あくまで現時點での素描之なる。ただ、各論考では、發掘報告の記述之、現地踏査による觀察の結果を組み合わせ、都城之陵墓之いう研究對象にどのように向き合えるのかを示すこ之を心掛けたつもりである。諸賢の批正を乞う次第である。
目錄
【主要目次】
序 章
第一篇 漢の都城と陵墓
第一章 前漢長安の變容
第二章 前漢皇帝陵の再檢討―陵邑、陪葬の變遷を中心に―
第三章 前漢諸侯王墓の變遷と諸侯王
第四章 前漢諸侯王墓と諸侯王の自殺
第五章 後漢洛陽城の南宮と北宮の役割について
第六章 後漢皇帝陵の造營
第七章 後漢の謁陵儀禮
第二篇 魏晉南北朝期の都城と陵墓
第一章 曹魏西晉の皇帝陵
第二章 東晉南朝の皇帝陵の變遷
第三章 北魏永固陵の造營
第四章 北朝鄴城の復原研究
第五章 北齊の晉陽―鄴との比較を中心に―
第六章 北朝長安の都城史上の位置づけについて
第三篇 復都制と宮城の變遷
第一章 中國復都制における洛陽
第二章 魏晉南北朝時代の宮城の變遷―隋大興宮成立の歷史的背景―
第三章 隋の大興、洛陽の二つの宮城
終 章
初出一覽/あとがき/索引