《イエスという経験》是岩波書店出版的圖書,作者是大貫隆
基本介紹
- 作者:大貫隆
- 出版時間:2014年10月16日
- 出版社:岩波書店
- 頁數:366 頁
- ISBN:9784006003210
- 裝幀:文庫
- 叢書:岩波現代文庫·學術
內容簡介
一人の歴史上の人物であったイエスは,彼自身の“今”をどう理解し経験していたのか.はじまりの回心體験を核として編みあげられた表象とイメージのネットワークにせまり,復活信仰から生誕へと遡るキリスト教の“標準文法”とは逆向きにイエス物語を読みなおす.現代に生きるイエス像をヴィヴィッドに描く畫期的イエス論. ■內容紹介 一人の歴史上の人物であったイエスは,彼自身の“今”をどう理解し経験していたのか.また,そこから再生されたイエスの生涯は,現代の私たちに何を問いかけているのだろうか.はじまりの回心體験を核として編みあげられた表象とイメージのネットワークにせまり,復活信仰から生誕へと遡るキリスト教の“標準文法”とは逆向きにイエス物語を読みなおす.〈古代人〉イエスによって生きられた経験をヴィヴィッドに描く,畫期的イエス論.詳細な參考文獻・著者名索引・引照箇所索引付...(展開全部) 一人の歴史上の人物であったイエスは,彼自身の“今”をどう理解し経験していたのか.はじまりの回心體験を核として編みあげられた表象とイメージのネットワークにせまり,復活信仰から生誕へと遡るキリスト教の“標準文法”とは逆向きにイエス物語を読みなおす.現代に生きるイエス像をヴィヴィッドに描く畫期的イエス論. ■內容紹介 一人の歴史上の人物であったイエスは,彼自身の“今”をどう理解し経験していたのか.また,そこから再生されたイエスの生涯は,現代の私たちに何を問いかけているのだろうか.はじまりの回心體験を核として編みあげられた表象とイメージのネットワークにせまり,復活信仰から生誕へと遡るキリスト教の“標準文法”とは逆向きにイエス物語を読みなおす.〈古代人〉イエスによって生きられた経験をヴィヴィッドに描く,畫期的イエス論.詳細な參考文獻・著者名索引・引照箇所索引付き.著者が,長年の聖書研究の成果である本書を一気に書き下ろした動機については,以下の文章を參照されたい. ■著者からのメッセージ 私が専門とするのは新約聖書學と紀元四世紀あたりまでの古代キリスト教文學の研究である.この十年弱は,グノーシス主義に関係する仕事に追われ続けたが,その間もいつかイエス論を書かねばという思いは常に消えなかった.私の研究領域に身を置く者は誰であれ,いつかイエス論を書かねばならない,また是非書きたいと思いながら,それがなかなかできないのである.歐米はもちろん,わが國での先行研究の蓄積の分厚さを見る時,誰しも臆してしまうからである.私の場合も,ずっと気になりながら,臆して避けて來たというのが正直なところである. そんな私が一念発起,本書を書き始め,実質わずか一ヵ月強で脫稿したのは他でもない,(中略)アメリカ大統領ブッシュが二〇〇一年九月十一日のニューヨーク貿易センタービルの慘劇から二〇〇三年三月の対イラク開戦までの間に繰り返した発言が直接のきっかけである.その発言の根柢にある思考法は原理主義という點で,彼が敵視して止まないイスラム原理主義と何の違いもない.その発言を耳にした時,私は強い既視感に襲われた.それは私が二十代の末に,日本では研究者人口の少ない領域に――キリスト教のことを良くご存知ない或る先生には,“大貫君,どうしてそんな棺桶に片足ならぬ,両足突っ込むようなところに行くのか”と言われながら――足を踏み入れることになったきっかけが,やはりキリスト教原理主義に他ならなかったからである.それ以來,現在まで私の心の奧底には,キリスト教原理主義を徹底的に批判しなければならないというパトスが燃え続けていたと思う.(中略) これまでキリスト教原理主義が,わが國の知識人たちの関心を惹いたことは少ない.日頃,歐米の文化を研究し,あるいは國際関係を論じる研究者たちにとって,それは文化の香りからあまりに遠いものであり,國際政治の因果関係を論じる際にも無視できるものであり続けてきたのではないか.一部の先覚者を除けば,文化も國際関係もそのような要因を離れた因果関係だけで説明できると漠然と考えてきたのではないだろうか.ところがいまや,そのキリスト教原理主義が世界唯一の帝國の政権の中樞を握って,世界政治を思うままに左右している.わが國における歐米文化と國際関係論の研究は,今,大きなしっぺ返しを受けていると言うべきである.その中で,本書が自ら意図したところをどこまで実現できているか,また,それがどのような積極的な役割を果たしうるかは,読者の方々の判斷にお任せする他はない.(後略) 〔本書313~315ページ〕 大貫 隆(おおぬき たかし) 1945年生まれ.靜岡県出身.東京大學大學院人文科學研究科西洋古典學専攻博士課程修了.1979年ミュンヘン大學にてDr.theol.取得.東京女子大學助教授,東京大學教授を経て,現在名譽教授.2010-14年自由學園最高學部長.主な著訳書に,‘福音書研究と文學社會學’ ‘福音書と伝記文學’ ‘ナグ・ハマディ文書’(共編訳,全四冊)‘グノーシス考’ ‘岩波キリスト教辭典’(共編)‘イエスの時’ ‘グノーシス“妬み”の政治學’ ‘聖書の読み方’(以上,岩波書店)‘グノーシスの神話’(講談社學術文庫)などがある.